大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所弘前支部 昭和50年(わ)54号 判決 1976年4月15日

主文

被告人両名をいずれも懲役四月に処する。

ただし、被告人両名に対し、この裁判の確定した日からいずれも一年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人山本重一、同長尾幹敬、同水木孝光、同葛西健蔵及び同木村隆一(第一、二回)に支給した分は被告人両名の連帯負担とし、証人佐藤正機(第一、二回)、同柿崎健に支給した分は被告人井井上の、証人成田利顕、同竹内修に支支給した分は被告人大和の各負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、いわゆるマルクス主義青年同盟(略称マル青同)に属する者であるが、右マル青同加盟者ないしその同調者ら約一一名とともに昭和五〇年六月八日午後二時すぎころから、青森県弘前市大字土手町三二番地所在の株式会社武田百貨店弘前店前附近歩道(幅員二・九ないし三・三メートル。なお、ほぼ同幅員の歩道が反対側にあり、また車道幅員は約九メートル。)において、弘前警察署長による該道路の使用許可を受けることなく、旗竿等に装着した横断幕を持ち、演説をなし、スクラムを組み、通行人に印刷物を交付するなどの街頭宣伝活動をなし、もって、同所の一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態もしくは方法により道路を使用し、または道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為(道路交通法七七条一項四号参照)をなすに至ったので、折柄交通整理等のため出動していた弘前警察署所属の警察官らにおいて、再三にわたり解散をし、スクラムを解くように警告を発したが、被告人らにおいて「警察は帰れ。」などと叫んで右警告に応じようとしないので、スクラムを解かせようとしたところ、

第一、被告人井上は、同日午後二時五〇分ころ、同所において、自己に対し、スクラム等からの離脱をはかるいわゆる引き抜きを始めた同署勤務司法警察員青森県警部補佐藤正機に対し、右肘で同人の左肘を突き、右足で同人の右足甲部を踏みつけ、更にヘルメットで同人の腹部にいわゆる頭突きを加えるなどの暴行を加え、

第二  被告人大和は、同日午後三時一五分ころ、同所車道において、右佐藤警部補らが公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕した被告人井上を、パトロール・カーに乗せて同署に連行しようとした際、他の仲間約一一名とともに、右パトロール・カーの直前でスクラムを組み、パトロール・カーの前部バンパーにしがみつくなどしてその発進を阻止する挙に出たため、同署勤務司法警察員青森県警部木村隆一の指示により、被告人らを排除しようとした同署勤務司法警察員青森県警部補成田利顕に対し、「なんだこの野郎。」などと怒鳴りながら、右手で同人の左首筋を殴打し、更に右足で同人の左下腿部及び左耳下を蹴るなどの暴行を加え、

もって、被告人井上は前記佐藤正機警部補の、被告人大和は前記成田利顕警部補の公務の執行をそれぞれ妨害したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は、それぞれ刑法九五条一項に該当するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内において、被告人両名を各懲役四月に処し、後記のような情状を考慮し、同法二五条一項を適用して被告人両名に対し、この裁判の確定した日からいずれも一年間それぞれその刑の執行を猶予する。なお、訴訟費用のうち証人山本重一、同長尾幹敬、同水木孝光、同葛西健蔵及び同木村隆一(第一、二回)に支給した分は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名の連帯負担とし、いずれも同法一八一条一項本文を適用して証人佐藤正機(第一、二回)、同柿崎健に支給した分は、被告人井上の、証人成田利顕、同竹内修に支給した分は、被告人大和の各負担とする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)五条後段には、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があって、急を要する場合においては、その行為を制止することができるとの規定があるものの、本件にあっては、右危険又は虞は全くなかったのであるから、警察官が被告人らの行為を制止したのは違法であり、被告人井上が、右違法行為に対しある程度抵抗しても公務執行妨害罪を構成しない。されば警察官が同被告人を公務執行妨害罪により逮捕するのは違法であるから、被告人大和が、右違法逮捕から被告人井上を解放する行為も公務執行妨害罪にあたらない旨主張するので、これらの点につき当裁判所の判断を示すこととする。

一  公務執行妨害罪の成立要件である公務執行行為の適法性についての判断は、行為者である公務員の主観にとらわれることなく、職務執行行為当時における具体的状況に基づいて、客観的、合理的になすべく、その判断にあたって刑法規範による要保護性という価値判断に関係づけられるべきであることはいうまでもない。

二  そこで、本件職務執行行為における刑法上の要保護性ないし適法性について検討する。

(一)  まず、本件は、警職法五条に基づく警察官の制止行為に対する暴行による妨害であるところ、当該公務員の本件制止行為は、警職法五条所定の一般的職務権限に依拠するものであるから、具体的な職務権限を逸脱する違法なものでない限り、抽象的、一般的に、もしくは一応適法な職務の執行というべく、ひいて刑法上の要保護性をも具有するものと解するのが相当である。

(二)  ところで、警職法五条後段所定の制止(街頭等における集団的行為に対してはいわゆる規制)は、行なわれようとする(犯罪)行為により人の生命もしくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があり、かつ、急を要する場合にのみ許されていること、右のような限定的容認の趣旨は、令状主義にのらない行政警察上の即時強制につき、その濫用を防止しようとするものであることは明らかである。

(三)  当裁判所としては、以下のとおり、被告人らについては、警察官らの制止行為の開始時点において、既に、道路交通法違反罪が成立しているものと解する。

(1) 前掲各証拠によれば、被告人両名を含む約一三名のマル青同加盟者らは、ヘルメットに覆面姿で、昭和五〇年六月八日午後二時すぎころ、弘前市内の通称蓬来橋方面から進んで判示武田百貨店弘前店前歩道に至り、同所において、同デパート浴衣売場前に「なだれうつ挙団体制に抗し、深まりゆく戦争の中で今こそ労働者階級は『国難』に内乱で対峙せよ、反帝反社帝の旗の下に、マル青同」と書かれた横断幕をかかげ、演説をなし、通行人に印刷物を配付するなどし、また同デパートの向い側においても、一部の者が通行人に印刷物を配付するなどしていたこと、当日は日曜日で、同デパート前歩道は人出が多く、右被告人らの行為のため同所付近が特に混雑し、車道上を迂回する歩行者もいたこと、しかも同デパート付近は歩道車道を問わず、弘前市内で最も交通のひんぱんな道路であること、被告人らは、当日、道路使用の許可を受けていなかったこと、同デパート保安係葛西健蔵からの通報により、弘前警察署所属の警察官が、同日午後二時四〇分ころ、同デパート前に出動したこと、被告人らは、同時刻ころ、同デパート前歩道において、概ね二列縦隊のスクラムを組むに至ったので、木村警部及び佐藤警部補において再三にわたりスクラムを解くように警告を発したこと、しかし、被告人らは警告を無視してこれに応じようとしなかったこと、そこで、佐藤警部補は、被告人らの行為が道路交通法違反であり、このまま放置すれば一層の交通の妨害、交通の渋滞を招くことは必至であることから、まず被告人井上をスクラムから引き抜こうとしたところ、同被告人が判示の暴行をしたので、公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕するに至ったこと、ところで、佐藤警部補らが、同日午後三時一五分ころ、被告人井上をパトロール・カーに乗せて連行しようとした際、被告人大和らが、同デパート前車道において、判示のとおり阻止行動に出たため、成田警部補は木村警部の指示により排除行為に移ったところ、被告人大和が判示の暴行をしたので、公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕するに至ったことが認められる。

(2)ところで、道路交通法は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的として制定された法律であるが、同法七七条一項は、「次の各号のいずれかに該当する者は、それぞれ当該各号に掲げる行為について」所轄警察所長の許可を受けなければならないとし、その四号において、「前各号に掲げるもののほか、道路において祭礼行事をし、又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者」と規定している(なお、同法一一九条一項一二号は、七七条一項の規定に違反した者に対し、これを三月以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する旨の罰則を定めている。)が、これをうけて青森県では青森県公安委員会が、右規定による要許可行為として、

「一 道路にねぶた、だし、みこし、踊台等を出し、又はこれらを移動すること。

二  道路に人又は車両が多数集まるような方法でロケーション、撮影会、街頭録音会等を行ない、又は演説、演芸、奏楽、映写等をなし、若しくは拡声器、ラジオ、テレビジョン等の放送をすること。

三  道路において、競技会、仮装行列、ちょうちん行列、パレード、集団行進その他催し物をすること。

四  道路において消防、避難、救護等の訓練を行なうこと。

五  道路において旗、のぼり、看板、あんどんその他これらに類するものを持ち、又は楽器を鳴らし、若しくは特異の装いをして広告又は宣伝すること。(ただし、五人未満のものは除く。)

六  広告又は宣伝のため、車両に著しく人目をひくような装飾その他の装いをして通行すること。

七  交通のひんぱんな道路において、寄附を募集し、若しくは署名を求め、又は物を販売すること。

八  交通のひんぱんな道路に広告、宣伝等の印刷物、風船、旗等を散布し、又は交通のひんぱんな道路において通行する者にこれを交付すること。」と定めている(青森県道路交通規則(昭和三五年一二月二〇日青森県公安委員会規則第一二号)一三条一項)。

(2) したがって、本件の場合、被告人らの行為は、警察官が最初の排除行為に出る際に、既に、少なくとも青森県道路交通規則一三条一項のうち、二号の演説をなし、五号の旗、のぼりに類するものを持ち、八号の印刷物を交付する行為に該当し、道路交通法七七条一項、一一九条一項一二号所定の犯罪が成立し、しかもその違法状態が継続していたものであり、更に、被告人大和らのパトロール・カーの発進を阻止する行為は、公務執行妨害罪に該当するというべきである。

このような場合に、警察官が司法警察上の職務活動として直ちに違反者を現行犯人として逮捕することは違法であり(刑訴法二一二条、二一三条)、かかる場合の現行犯人の逮捕は、警察法二条一項の趣旨に照らし、犯人の検挙と、同時にこれによって現に行なわれている犯罪鎮圧の機能とを併せ持つものであることはいうまでもない。

ところで、現に犯罪の行なわれている場合であっても、その犯罪の性質、態様、四囲の状況等に鑑み、違法状態が解消しさえすれば一般交通の平穏も回復されるから、そのうえ、特に犯人として直ちにこれを逮捕し、身柄を確保するまでの必要性もなく、また、集団に対し一挙に現行犯逮捕の措置に出ると、かえって現場における混乱を増大させ、道路における平穏を害することが懸念されるような場合には、その場にあたる警察官としては、その裁量により現行犯逮捕という強力な手段に訴えることなく、人身の自由に対する拘束、制約の程度のより少ない警職法五条後段の制止(規制)をとりうる(かえって、かようにより控え目の方法によって、その警察活動を志向することが、刑事手続の本旨からも望ましい。)こととしても、警察法二条一項、刑訴法二一二条、二一三条、警職法五条等に規定する法の精神に反するものではない。まして、本件の場合には、現に犯罪が行なわれ、しかも前示のとおり、違法状態の継続、発展により一般交通に著しい影響を及ぼすことは必至の状況にあったのであるから、併せて、警職法五条後段にいわゆる「人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞がある」との要件をも充足されており、したがって、警察官の本件制止行為は、かかる場合の措置として一層合理的であったと考えられる。

以上の理由から、警察官の本件各義務の執行は、その具体的職務権限に属するものとして、刑法上の要保護性があり、適法であると解されるから、右各職務執行行為を暴行をもって妨害するがごときは、もとより許されない。

したがって、弁護人の主張は採用できない。

(量刑の事情)

本件は、被告人らが、弘前警察署長の道路使用の許可を受けることなく、判示場所において、青森県道路交通規則一三条一項、道路交通法七七条一項四号、一一九条一項一二号に該当する街頭宣伝活動をなし、通報により出動した警察官の制止行為に対し、被告人両名が各暴行を加えた事案であって、その犯行の罪質、態様、被告人両名の公判廷における態度、被告人両名には公判審理中反省の様子がみられなかったこと等を併せ考えると、被告人両名の負担すべき刑事責任は、軽くはないが、他方、被告人両名の判示街頭宣伝活動は、その思想信条を表現、伝播せしめる行為で、国法上も保護、尊重されるべき表現の自由に発するものであり、具体的にもその宣伝活動等によって末だ重大な法益侵害の事実はなかったものであり、さらに自己に対する規制行為を免れようとするのは自己防衛本能に基づくものというべく、また同僚に対する強制力の行使を妨げる行為も同様であり、通じて犯情諒すべきものありというべきく、さらに被告人両名は、年若く、これまでに前科前歴がないこと、本件が偶発的犯行であると考えられること等諸般の情状を考慮すると、被告人両名に対しては、いずれも刑の執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 薦田茂正 裁判官 大津千明 佐藤學)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例